前の職場は、戦前に創設された結核病院でイメージ的には、猫バスに乗っていたメイ達のお母さんが入院していた人里離れた隔離結核病棟のような感じです。
戦争の傷跡も癒えない昭和30年代に結核患者が激減し経営悪化の一途だった病院は、結核病棟から貧困層の老人病院に転換し、経済的に病院を退院できない高齢者の受け皿施設として措置の特別養護老人ホームを別法人で創設し現在に至っています。
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残念ながら病院の経営立て直しは上手くいかず、平成末に病院と特養2件と保育園が、ワンセットで大きな社会福祉法人に合併され、創設一族の方々は現在法人理事会に一人もいません。
コロナ告知のHPを見ていたら、何と新宿区で新たなユニット型特養を創設するようで建築請負会社の公募が告知されていました。
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たった一つの特養をこじんまりとゆったりと経営し極力仕事しないで効率よく稼ぐことを考えている自分とは大きな違いですが、絹の道は、こんなもので十分と思っていますので職員の皆さんも無理しないで適当に過ごしてください。